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    言葉遊びをしています。
    感覚的に、思う儘に詩を綴ることで
    たくさんの人と、共感したい―。

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    また、ここに綴ったたくさんの言葉たちについて
    私は著作権を放棄しませんので
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    まぐろ。


    New :   2/03 ち が い 
           1/29 おねがい
           1/25 大きな樹
                                                              


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2008 / 10 / 11 ( Sat )

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06 : 53 : 09 | | page top↑
新年のご挨拶。
2008 / 01 / 25 ( Fri )
大変、長い長いお休みを頂いておりました。
ようやく、というか、今更というか、
みなさまに新年のご挨拶を申し上げたいと思います。

気分屋で、ぐうたらなまぐろ。ですが、
本年もよろしくお願いします。
そろそろ愛想を尽かされるかもしれませんが、
どうぞこれからも温かく見守ってくださいね。

こうして、新しくまた一年を迎えたわけですが、
みなさんはいかがお過ごしでしょうか。
私は、というと、
新年からどうにも力が入らず、
のんびりぐうたらと、なんだかんだで仕事に追われております。
(どれくらいぐうたらかというと、まだ初詣を済ませていません)

ですが、せっかくブログを立ち上げたのですから、
ここで、自分のぐうたらに負けていてはいけません。
今日から、心を入れ替えて、
更新させていこうと思っておりますので、
まずは挨拶をさせていただきました。
これから、アップしていきますね。
(まだインド旅行記ものせてないし。)

それでは、今年の抱負
なんて言うと、とても堅苦しいですが、
今年は、こう在りたいな、なんていう願いがあります。
誰かを好きになるとき、
私はとても怖くなります。とても迷ってしまいます。
たいていの人はきっとそうだと思うのですが、
私の場合は、
自分が怖くなります。

いつもまっすぐに、好きな人に向き合っていたい
と思うのですが、
やっぱり嫉妬や、不安や、焦燥で満たされる時は、
どうにも素直になれない自分がいて、
本当に正直な自分でいられなくなってしまいます。

大きな樹のように、揺るがない気持ちを

今年、一年―。
穏やかな海のように、なれますように。



本年もよろしく、お願いいたします。

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14 : 24 : 26 | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
Home
2007 / 12 / 31 ( Mon )
Home



今年もまた、一年が往こうとしている

テレビの中では
華やかな歌合戦や
豪快な格闘技が賑わっている

今日は一年の最後の日

食卓の上には
大きなズワイガニと黒毛和牛のすきやきと
私の大切な笑顔が並ぶ



今年出会った数々のエピソードを反芻し、
来年出会うはずの様々なエピソードを予想し、



過ぎたことをやり直すこともできなければ、
未来予想もできるはずはないのに、
ただ愚かしくも、
こうしてやっぱり考えてしまうのは、
大晦日は、終わりであり、始まりだから。

私はここに、帰ってくる
私はここに、帰ってくる





こんばんは。
私もようやく日本に帰ってきました。
ほんとに、ここでこうして、報告できること、
今はとても嬉しく思います。
一人で海外にいて、様々なトラブルに見舞われると
やっぱり私はつくづくいろいろな人に支えられていることに
感謝しないわけにはいかなかった。
家族、友達、ここで応援してくださったみなさん。

ただいま、帰りました。  ありがとう。

私の強がりを許してくれた家族。
私の弱さを包み込んでくれたあなた。
私のただいまを待っていてくれた友達。

人間は、
どこかに行くことで、一人にはなれても、
どこまで行っても、独りにはなれないのかもしれない。


そうして、ようやく日本に帰ってきたものの、
年の瀬ムードに私は少し戸惑っている。
というのも、
今年の私には、クリスマスがなかった。
そのとき、私は、ブッタガヤーという仏教発祥の地にいた。
インドの片田舎、それも仏教の街、ブッタガヤーには、
クリスマスがどこにもなかった。

サンタクロースを待ち焦がれたり、
異性とのロマンティックな夜を期待したり、
そういうクリスマスの彩りを見つめなかったのは、
私にとっては初めてのことだから、
サンタクロースとは、上空で行き違いになったことになっている。

そういうわけで、クリスマスを通らずに、大晦日を迎えることは、
私に、ちょっとした浦島太郎のような気分を与える。
(たかが2週間のことなのに、いささか大げさではあるけれど)



だから、今、紅白が終わろうとしていることや、
大晦日の定番の壮絶な殴り合いも、
私は少し、信じられない気持ちで、
インドで見ている夢なのかと少し、思ってしまう。

一年の最後の日。
過ぎ行くことに、少しの不安とセンチメンタルを覚え、
しかし、やっぱり初日の出もいつもと同じように昇るだろう。

それでも、というのか、
それだから、というのか、
やっぱり大晦日というものは、一年の出会いを思い起こさせる。
それはやっぱり時間の持つ絶対的な力なのだと思う。
今年一年、やっぱり、出会いがあって、別れがあった。
そして、やっぱり、それらは私の人生で特別なものであった。
こうして一年の中の小さな出会いが毎年、ドラマのように起こっていく。
あるものは、特別なものになり、あるものは、また忘れられていく。
新しい一年が、積み重なり、人生に成る。


人生は旅に似ている

そうやって、誰だかが言っていたのを思い出す。
私は、人生の終わりを見たことがないので、
それが本当なのか、それとも違うのか、
私にはやっぱりわからない。

それでも、私にわかることは、ひとつだけ、ある。
旅は、終わりを迎え、またひとつ、始まるのだ。
数々の出会いと出来事に溢れたひとつの旅が終われば、
また、新しい旅の始まりなのだ。
それが、穏やかなものなのか、波乱に満ちたものなのか、
いずれにしても、そこで終わってしまうはずはない。
なぜなら、私たちは、明日も力強く、精一杯生きなければならないから。

人生もまた、
私のいのちが続く限り、
新しい一日が始まり、やがて、新しい一年を生きてゆくだろう。
ひとつの区切りは、次の始まり。

私は新たな一年に対して、
夢見がちに期待するような歳ではなくなってしまったけど、
何も希望を持たなくなったわけではない。
新しい一年を生きる私は、新しい私でなくては。
あなたは、笑うでしょうけれど。

また、ひとつ、新たな区切りを迎えた私は、
どんな顔であなたに会えるでしょうか。
どんなことをしているでしょうか。


みなさんも、残りわずかな2007年をお幸せに、
そして、新たな2008年を活き活きと過ごされることを、
ここ、穏やかな海より、お祈りしております。


来年も、よろしくお願いいたします。


まぐろ。



PS インド旅行記、写真を整理してお届けさせてくださいね。
   しばし、お待ちください。




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テーマ:自作詩 - ジャンル:小説・文学 - カテゴリー:くろ -エッセイ-

23 : 51 : 30 | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
記号の国のレジスタンス。
2007 / 11 / 24 ( Sat )
人はみな、様々な記号に縛られている。
最近、ふとそんなふうに考えてみることがある。

住んでいる場所は、地図の上に引いた線と数字で示される。
本当は、地球という場所には、
山があって、海があって、川があって。
それぞれに表情がある。
急峻な斜面だったり、火を噴くような乱暴者がいて、
きれいな珊瑚があって、色トリドリの魚が気持ちよさそうに泳ぐ海があって、
氾濫ばかりするヒネクレ者や、日本最後の清流なんて呼ばれてるのもある。

自然には、たくさんの、さまざまな、表情があるけれど、
人間はそれらを一つの言葉で呼ぶ。

『富士山』と、一口に言っても、たくさんの表情があるはずだし、
さらに、その感じ方は、また人それぞれのはずなのに。

でも、私たちが『富士山』と聞けば、
たいていの人の頭に浮かぶのは、
あの独特の稜線に、山頂はもちろん雪化粧をした『あの富士山』だと思う。
きっと示し合わせたようにみんなそう答えるだろう。

そこに『感性』はあるんだろうか。

知らない間に、気が付かない間に
人間は『想像すること』を忘れてしまう。

私はそれを、悪いことだとは思わないけれど、
とても悲しいことだと思う。
とても淋しいことだとも思う。



実は、
何も自分たち以外だけを概念化して、識別してるわけじゃない。
人間は、人間に対しても、同じように、色や記号をつけて識別してる。
もっと言えば、安心してるのかもしれない。

多くの場面で、血液型で人間を4つに分類するし、
(そういう私も血液型占いは結構信じてしまうけれど)
多くの人が心理学や心理テストに興味津々になるのは、
どこかで、目に見えない性格や個性を、目に見えるように識別することで、
なんとなく、安心するからだと思う。

それを悪いことだとは、決して思わない。
目に見えないものを、見たいというのは本能だと思うし、
私もまた、心理テストにそれなりにハマった時期もある。
でも、そのことに気が付かないでいるのは、
悲しいことであり、淋しいことだと思う。

個人情報という言葉があるけれど、
名前だの、住所だの、年齢や、性別や、職業や。
時には、クレジットカードの番号だったり。
それさえ教えれば、たいていの人は安心してくれる。
ビデオだって貸してくれるし、ホテルにも泊まれて、
文字通り、Credit(信用)を得られる。

そこに、『感性』もなければ、『個性』もない。


私たちが暮らす社会というのは、
高齢化やら、少子化やら、情報化やら、
いろんな記号で識別されているけれど、
真実はたくさんあっても、事実は一つだ。

この社会で、生きていかなければならない。

こうやって考えればもっとずっとシンプルだし、
こうやって考えた結果、
私はしばしば『記号』に対して反抗的になろうと思う。



人間には、生まれたときから性別がある。
そして、その『記号』によって、「女らしさ」や「男らしさ」を求められる。
「女らしさ」ってなんだ。
優しく、おしとやかで、料理ができる。
「男らしさ」ってなんだ。
強くて、涙を流さずに、頼りがいがある。

万人がこんな型にはまったら、気持ち悪いことこの上ない。
女はこうで、男はこうって、決まっていれば、もちろん安心するに違いない。
そういう意味で「男は浮気する生き物」というのは意味があるかもしれない。
しかし、その種の安心に、本当に意味はあるのだろうか。

また、年齢についても、同じだ。
年齢に関する質問については、いつも生まれた時から数えた年齢と決まっている。
20歳という年齢は、一般的に若いと言われる。
でも、もしその人の余命が5年と分かってたら、
その人に対して、「まだまだ若いから、楽しい人生がある」なんて言うはずはない。
せいぜい「若いのに」という言い方がやっとだと思う。

人生はいつ終わるかなんて、誰も知らないはずなのに、
誰もが70歳、あるいは80歳まで生きることを前提にしている。
生まれてから何日経ったかで、その人を計り、評価する。
誰も『死』を想定していない。
死ぬ、その日から数えれば、20歳で余命5年と、70歳で余命5年は、同じ意味だ。
5年経てば、死ぬ。という平等な事実。
(実際にそうなるかどうかは、わからないが)
そして、死ぬ日が決して分からない以上、
人生は、平等だと思う。

平等に時間がある。平等にチャンスがある。

そんなことは綺麗事だ、と腹を立てる人もいるかもしれない。
社会的には記号で評価されるわけだから、
20歳の青年と、70歳の老人が、平等にチャンスがあるわけはないかもしれない。
でも、老人には、知恵と経験があって、何より『情熱』と『時間』は平等だ。
何よりそこには、『個性』がある。知恵と経験と情熱は、その人にしかない、『個性』だ。


昔、父にこんな話を聞かされた。
太宰治の小説に出てくる話だそうだが、私はまだ読んだことがない。
(それどころか、題名すら忘れてしまっている。)

「ある一人の子どもが、坂道の途中で、どうしようもないほどの腹痛を抱えた。とにかく腹が痛くて、動けないのだが、大人たちはみな口を揃えて、『坂を上りきったところに、薬屋さんがある』と言う。でも、子どもは『それは分かったけれど、今、お腹が痛いこの気持ちはどうしてくれよう』と思ったという話がある。」

とても象徴的だと思う。
大人は経験と知恵を持っているが、子どもはそれを持っていない。
大人の言うことは、いちいち正しい。
しかし、それが必ずしも、子どもにとっても正しいとは限らない。

大人になればわかるようになると思ってたこと、
昔はずっとたくさんあったと思っていたのに。
あるいは、
子どもの頃思い描いた、20歳や30歳はもっと大人だと思っていたのに。

大人になると忘れてしまうこと、
そんなこと、あの頃には思ってもみなかったのに、
結構たくさん、あるのかもしれない。
それも、気が付かないところで私たちは失くしていく。

年齢なんて、生まれた時からの時間なんて、所詮は記号。
年齢が多いからえらいなんて、嘘だ。
それは、知らないことを知っているから偉いわけで、それが所謂『年の功』ってやつだ。
年齢が若くたって、学ぶべきことはあるはずだし、
むしろ、そういう事を忘れてしまった時、人は記号に、囚われる。
何も悪いことじゃない。ただ、悲しくて淋しいこと。



記号の社会の中で生きる、記号の囚人。
それは、とても悲しくて、とても淋しいこと。




記号の国のレジスタンス



想像力を働かせ   死はもうすぐそこにあるわけだ

いのちを燃やせ   時間はいつも平等だから

個性を滾らせ     僕はここにいるんだと

感性を磨け      ここでこうして歌うために



悲しんでいる暇はない    淋しがっている暇はない

僕はレジスタンス

記号の国のレジスタンス



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テーマ:物書きのひとりごと - ジャンル:小説・文学 - カテゴリー:くろ -エッセイ-

18 : 55 : 20 | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
詩を書くということ。
2007 / 11 / 14 ( Wed )
ようやく、ブログをスタートさせることができました。
もう、ずっと前から、やろうやろうと思っていたくせに、
ぐうたらな性格が、なかなかそうさせてくれなくて。

それでもこうしてブログをスタートさせたのは、
「詩をたくさんの人に読んでもらいたかったから」
という至極簡単な理由に尽きる。


詩を書くことをはじめたのは、たしか15の時だったと思う。
最初は言葉が持つ他面的な力で遊ぶのがとても楽しくて、
気がつくと、日常のそこらへんに落ちているものを、
詩にして遊んでいるようになった。

ただ、誰かに見せるような機会もなく、
(見せられるものだとも思っていなかったけれど)
ひっそりと、遊んでいる程度だった。

大人になってからというもの、
世間一般で言われる「大人になると感性が失われる」からなのか、
とんと詩を書くことを忘れてしまっていた。
大人になるということは
色んなものを忘れてしまうことなのかもしれない。

ところが、一年ほど前。
私は詩を書くことを再開した。
あるたった一つの出会いがきっかけだった。
(そのきっかけについては、また追々。)


大人のはずの私も、
すっかりまた言葉遊びに夢中になった。
大人のくせに、感性はまだ少し残っていたらしい。
今になって振り返ってみると、
「感じなかった」というより「感じようとしていなかった」に
近かったような気がする。
(目を閉じていた、というか、とにかくそんな感じ。)



こうやって『大人のくせに』なんて表現ばかり使ってると
大人はとってもつまらない生き物のように思えるけど、
実は私はその逆のことを思っている。

大人はたくさんの正しいことに縛られている。
家事や、仕事や、お金や、家や、家族や、友人や、恋人。
もちろんそれらの正しいことは、
どれも『よい意味』をきちんと含んでいる。

でも、どれについても大人には、『しなければならない』ことばかりだ。
働いて、お金を稼がなければならないし、
家族や、友人の前では誠実でなければならない。
家事をしなければ、生きていけないし、
多くの大人は、結婚しなければならないと思っている。

『子供のときは、あんなに自由だったのに』と思ってみる―。
多くの大人が思うことではないだろうか。

でも、『正しいこと』たちは間違いではない。
よくもなければ、わるくもない。ただ、『正しい』だけだ。
だから、大人は葛藤する。
自分という人間がしたいと思うこと、そう在りたいと思うことが
いつも『正しいこと』とは限らないからだ。
仕事に行きたくない朝があれば、
家事を放棄してやろうと思う朝だってある。
妻の顔や、母親の顔をしたくない時があって、
恋人に「愛してる」と言い切れない日もあるかもしれない。


そこに、私は大人のおもしろさを見る気がする。
そこにはたくさんの「感性」が潜んでいるはずである。

だから、私は詩を書く。
いくつもの葛藤を形にしたいと思って、
再び、言葉で遊ぶことを始めた。

決して、上手いとは思わないけれど、
私の詩は、ひどく感覚的で、叙情的であると思う。
(万人に受けるものではないことも、心得ている)

でも、それでも、こうして誰かに読んでもらえることで
たくさんの人と共感できる何かがあればいいなと思う。

これからたくさんの詩を綴っていきたいと思います。
優しくて、乱暴なものや、甘ったるいだけのものや、
ひたすら切ないものや、エロティックなものや。

兎に角。思う儘に綴っていきたいと思います。
基本的に、詩の説明文なんかはのっけないつもり。
説明ほどつまらないものはないと思うし、
何より読んでくれる人のイマジネーションの邪魔になると思うから。

反面、
何か感じてくれたら、とても嬉しいです。
そして、何か形にして伝えてもらえたら、もっと嬉しいです。
共感し合える場所にできたらな、と思っています。



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16 : 30 : 20 | トラックバック(1) | コメント(68) | page top↑
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